共通テスト情報新設を、情報科学専攻の学生が語る

2022年03月24日・教育 ・by Newsdock編集部

共通テストに情報が加わる!?

多くの受験生が受ける共通テスト。31年間に渡り実施されてきたセンター試験に代わり、知識理解の質や、思考・判断・表現力をより深く問うことを目的として、2021年度から実施されています。実は、2025年度から、この共通テストに「情報」の科目が加わることを、皆さんは知っていましたか?

この変更は、時流に見合った変化ではある一方、報道機関や受験生の間からは不安の声がささやかれています。今回は、実際に大学で情報科学を専攻する学生の視点から、共通テストに情報が加わることの是非について論じていきます。

共テ情報新設の概要とその意図

対象は国公立大学の受験生のみ

まずは、共通テスト情報の詳細について見ていきましょう。実際に実施が始まるのは2025年度の入試ですから、2022年度現在で高校1年生の代から共通テストで情報が実施されることとなります。といっても、共通テストを受ける全ての高校生が情報の試験を受けるわけではありません。共通テスト受験者のうち、国公立大学を志望校とする高校生にのみ、情報の科目が課されるのです。

目的は理数能力を伸ばすこと

文部科学省は、共通テストに情報の科目を加える理由を、「義務教育終了段階での高い理数能力を、文系・理系を問わず、大学入学以降も伸ばしていけるようにするため」と説明しています。さらに、「コンピュータの仕組み、プログラミング等を追加するとともに、文系も含めて全ての大学生が一般教養として数理・データサイエンスを履修できるよう、標準的なカリキュラムや教材の作成・普及を進める」とも述べています。

世界的にもAIやDXといった、情報関連のトピックへの注目度は増すばかりです。デジタル人材を育成すること、そして多くの人々がデジタルを活用できるようにすることを、高等教育の場から後押ししていくことも、今回の狙いではないかと言われています。

共テ情報サンプル問題を読み解く

文部科学省は、共通テスト情報のサンプル問題を公開しています。ここでは、実際にどのような問題が出題されているのか、どのような能力を受験生に求めているのかを、大学で実際に情報科学を専攻する学生の視点から読み解いていきたいと思います。私が解いたサンプル問題では、以下3パターンの出題がなされていました。

①情報科学に関する知識

大問1は小問集合の形で、情報に関わるさまざまな知識が問われています。このサンプル問題では、画像や音声などのデータを、より小さいビット数で保存する圧縮や、情報を扱う上での言語ともいえる二進数、情報をどのように可視化するか、といった問いがありましたました。

②プログラムを書く能力

大問2は、比例代表制における議員の議席振り分けを行うプログラムを完成させるという問題でした。if文やfor文や配列といった、お決まりの文法をきちんと理解し、用いることが必要です。

③データサイエンスの能力

大問3は統計学への理解を問う問題が並びました。散布図やヒストグラムといった図を読み解く能力や、今話題の機械学習の基礎となる回帰曲線に関する問題も出題されていましたね。

このように、共通テスト情報のサンプル問題は、もはやインフラともなりつつある情報通信やコンピューターの仕組みに関する知識や、プログラムを書く能力、そしてAI・データサイエンスにも通ずる基本的な統計数理の基礎をバランスよく求めている試験問題であるといえるでしょう。

「共テ情報」導入への賛否

確かに、情報分野への注目が集まる今の日本で、より多くの高校生にとって、情報を学ぶ環境が作られることは良いことのようにも思われます。しかしながら、共通テストに情報を加えることに対し、高校生や教員からの懸念の声が聞こえてきていることも確かです。

教員数の不足

高校で情報を教えることのできる教員の不足も懸念事項です。2020年度に行われた文部科学省の調査によると、全国の高校の情報の授業を担当する教員のうち、なんと4人に1人は情報科の普通教育免許を持っておらず、臨時で情報の授業を担当しているということがわかったのです。

また、この傾向は地方に行けば行くほど強まるということも知られています。つまり、情報を教える教員の数が首都圏に比べて地方では足りていないという現状は、教育の地方格差を生み出すことにもなるかもしれません。

受験生の負担が大きくなる?

再度説明すると、2025年度以降の共通テストで情報が課されるようになるのは、国公立大学を受験する受験生です。国公立大学に合格するには、国・数・英・理・社の5教科7科目を勉強する必要があり、かなり準備に時間がかかります。この下で、さらに勉強しなければならない科目が1つ増えるというのは、こうした受験生の負担を増やすばかりではないのか、と心配されています。

「共通テストで」「国公立の受験生に」

確かに、全国の学生が情報を学ぶこと自体は、意義があることです。ですが、
・人生の岐路となりうる共通テストという場で、教育面での地域間格差が懸念される情報科目の能力を問うこと
・ただでさえ多い国公立受験生の科目数をさらに増やすこと
に対し、疑問の声が上がっていることも確かなのです。つまり議論するべきは、「共通テストで」「国公立大学の受験生に」情報の試験を課すことの是非なのではないでしょうか。

大学共通テストで?

今までも、高校ではいわゆる副教科(学校では教わるが、入試では出題されない科目)という扱いで、情報は家庭科や保健体育と同列に扱われてきました。ですが、入試で出題されないというだけあって、情報という科目を一生懸命勉強する機会は5教科に比べて乏しいことも確かでした。つまり重要なのは、いかに情報を学ぶように働きかけることができるかという点だといえるでしょう。

ですが、情報を学ぶ機会は高校生だけに限られているわけではありません。実際、高校の情報と同様の内容を一般教養の必修科目として学べる大学も少なくないのです。その点、共通テストで情報科目を課さずとも、就職活動において情報に関する知識を持っていることが重要視されるようにする、大学における情報科目の単位認定を厳しく設定する、などの施策によって、大学在学時に情報の勉強をすることを促すこともできるのではないでしょうか。

「国公立の受験生に」のみ?

今回紹介した共通テスト情報のサンプル問題では、統計学に関する出題もされていました。ですがその内容は、数学Iと重なる部分が多かったのも事実です。ヒストグラムや散布図、統計代表値などの問題は、これまでのセンター試験・共通テストで何度も出題されてきているのです。また、データサイエンスに限らず、情報科学に必要な能力は数学を学ぶことで賄われることも事実です。

「文系も含めて全ての大学生が一般教養として数理・データサイエンスを履修できるよう」にするためには、情報科学を学ぶために必要な高校数学をすでに学んでいる国公立大学の受験生に共通テスト情報の勉強を課すのではなく、高校数学を学んでいない受験生に共通テスト情報を課すというのも、選択肢の一つとして挙げられるのではないでしょうか。

情報を学ぶこと自体は歓迎されるべき

ここまで、共通テストの大きな変更点である「情報科目創設」の是非について論じてきました。ですが、今後の社会の動向を踏まえても、学生が情報科学を学べるように促すこと自体は、決して否定されるべきことではありません。

重要なのは、「どの学生に」「どのようにして」情報の勉強をすることを促すか、という点です。入試の試験科目に情報を加えること自体は、こうした目的にかなう手段となりえますが、同時に先ほど述べたような問題を引き起こしかねません。受験生の負担や教員の不足などの現状を注視し、慎重に判断をすることが求められているのではないでしょうか。

参考

朝日新聞Edua「必履修化の「情報」、先生が足りない! 25年共通テスト、浪人生向けの対応は?」2021年12月8日
文部科学省「令和7年度大学入学者選抜に係る予告の通知」2021年7月30日
朝日新聞Edua「国立大受験に「情報」追加へ 中村高康・東大教授「受験生の負担重すぎる」」2022年2月22日
毎日新聞「共通テストの「情報」 見切り発車の不安が残る」2022年2月7日

ライターのコメント

近年、いわゆる「AIブーム」を受けて、情報科学への注目度が増しているのを感じます。プログラミング教室の広告を多く見かけるようになりましたし、今回の共テ情報必修化も、こうした一連の社会の流れを反映させたものといえるでしょう。ですが、情報科学を学ぶ一学生としては、「何よりも高校範囲までの数学の勉強をおろそかにしてほしくない」という思いがあります。 私自身、プログラミングを学ぶようになったのは大学に入学してからですが、数学的な思考能力があればプログラミングは早く上達するようになりました。条件分岐や配列などのプログラミングの文法も、高校数学で学んだ述語論理や論証力、数列への知識があれば容易に習得が可能です。 それに加えて、他の情報科学の分野…圧縮や通信の理論、二進数、いわゆるAIに通じるデータサイエンスも、基礎となるのは高校数学です。確率論、整数論、微分積分学、代数学…これらの高校数学の内容を理解して初めて、情報科学への応用ができるのであり、それこそが工学であるといえるでしょう。 高校のうちは、しっかりと数学を学ぶ。これが大学で専門的な学びをする上で磐石な基礎となるのだと、日々痛感しています。時代とともに注目される分野は変化しますが、高等教育においてしっかりと数学を学ぶ姿勢は変わらないでいて欲しいものです。