「就活解禁」はもはや死語?−令和・アフターコロナ時代の就活を考える

2022年03月01日・社会 ・by Newsdock編集部

就活ルールはもう意味がない?

3月1日。多くの大学生にとって、この日付は就職活動と切っても切れない関係にあります。というのも、この日は就活ルールで決められた就活解禁日にあたるからです。就活ルールとは、経団連によれば「大学の卒業予定者に対して、企業が採用活動を目的とした広報活動、選考活動の解禁日を指定する指針」のことです。すなわち、会社説明会や面接をはじめとする、企業が学生の採用活動をする上での決まりごと、ということです。この就活ルールでは、企業が広報活動を始める時期として、3月1日が推奨されています。皆さんも駅や道端で、「20○○年度3月1日 大手人気企業××社が集う合同説明会開催!」といった広告を目にしたことがあるでしょう。後でも触れますが、これまで多くの学生は、こうした説明会に参加し、就職先を決める傾向にありました。人気企業のブースを中心に会場がごった返すという光景は、春の訪れを告げる風物詩でもありました。

ところが、2018年10月9日、経団連はこの就活ルールを廃止すると発表しました。この後、日系企業を中心に、3月1日より前から広報活動を行ったり、場合によっては3月1日前に内定を出したりする企業も増えました。「就活の早期化」と呼ばれるこの現象は、ここ数年でどんどん進んでおり、「就活解禁」というワードはもはや死語になりつつあります。

この記事では、就活の早期化について、その理由や社会からの反応、および学生への影響を考えていきます。

就活が早期化した原因

就活が早期化した原因として、新型コロナウイルスによる就活形態の変化を指摘する意見も多いですが、実はコロナ禍以前から、就活を早期化する動きはありました

就活ルールは、新卒を同じ時期にまとめて採用する日本の雇用システムと深く結びついています。昔の日本では「一つの会社に定年まで勤めるのが普通の働き方である」という考え方が根強く、終身雇用制度をとるうえでは、こうした採用方法はとても効率が良いものだったのです。20代前半の若者は、それより上の世代に比べて、安い給料で大量の仕事をさばけると考えられています。そのような若者を同一の時期にまとめて大量に採用することで、途中から会社に入った人に高い報酬を支払うよりも人件費を抑えることができます。また、会社での勤務経験がない学生を大量に採用することで、企業側のカルチャーをしっかり叩き込むことができるというメリットもあります。企業側としても、卒業したてほやほやの学生は、「前いた会社はお給料がよくて、仕事の進め方も効率的だったのに」といった中途社員から聞かれそうな不満を持つことは少なく、育てがいのある人材だったのです。

しかし、10年ほど前から大きく事情が変わってきました。2008年のリーマンショックを機に、経営難におちいる企業が続出し、社員を定年まで抱えこめるほどの体力を持った企業は減りました。2019年5月には経団連の中西会長やトヨタ自動車の豊田社長による「終身雇用制度は制度疲労を起こしている」という発言がありましたが、その背景にはこのような事情がありました。さらに、ここ10年でコンサルティング業界が急成長し、外資系企業を中心に優秀な学生を早めに採用する(囲い込む)傾向が見られるようになりました。経団連に入っていないこうした企業群には、最終学年の6月1日から採用を開始しなくてもペナルティーがないので、選考のタイミングを遅らせる必要はありませんでした。最近では経団連に加盟している企業でも、優秀な人材欲しさから選考を早めたり、内定に直接結びつくインターンシップを行ったりする動きがみられました。加えて、近年では、転職者数も増加傾向にあり、2019年度には過去最多の300万人強を記録しました。このように、職場を転々とする人が増えると、優れた人材をいつでも獲得できるように、採用システムを通年採用へと切りかえる企業も現れました。

こうした流れに拍車をかけたのが、新型コロナウイルスの影響です。2020年春以降、コロナで経済が大きく停滞したこともあり、バブルが崩壊した時と同じく就職氷河期になるのではないかという見方が強まりました。

こうした危機感をより一層ふくらませたのは、インターネットによる情報発信です。一般社団法人のKIP知日派国際人育成プログラムが実施したアンケートによると、2020年4月に緊急事態宣言が出されてから、20代前半の若者の9割以上は情報収集をSNSで行っていたというデータがあります。中でも若者がふだんよく利用するTwitterやInstagramなどで、自身の就活について投稿する就活生が増えました。自分の行きたい就職先から内定をもらえないのではないかと心配する投稿を見て、就活の準備を早く始めようと考える学生が多く出てきたとしてもおかしくはないでしょう。また、コロナ禍をきっかけに、YouTubeで就活の情報を集める就活生も増えたと考えられます。難関企業内定者の模擬面接の様子や、就活で成功するための企業選びや対策のノウハウを発信する動画が多数YouTube上にアップロードされ、人気を博しています。また、企業説明会の動画もYouTubeで公開されることも増え、YouTubeでの情報収集がしやすくなりました。加えて、コロナ禍をきっかけに就活の説明会や選考がオンラインで行われるようになったことで、多忙な学生や地方の学生も早期から就職活動ができるようになりました。こうした状況で、「自分も早く動かないとダメだ!」と考えた学生も多かったのではないでしょうか。現に、先に述べた団体のアンケートでは、回答者の大学生のうち4割が、就活に関する情報が不十分だとの不安を抱えていることが分かっています。

つまり、2018年10月に決定した就活ルールの廃止に加え、コロナ禍もあいまって、就活を早め早めに行う傾向が加速していったわけです。

社会からの反応

就活ルールの廃止に対しては、業界によって意見が分かれています。ここでは、いくつか代表的な例を見ていきましょう。

賛成する声

まず、大企業はこうした動きを歓迎しています。特にこれまで大学4年生の6月以降に選考を行ってきた日系大手企業は、選考が早く行われる外資系企業(大学3年生の夏ごろに内定を出す場合もあります)に選考スケジュールを近づけることができ、企業で即戦力になるような質の高い就活生を確保しやすくなるのです。例えば、学生Aが大学3年生の夏に通過倍率1000倍の外資コンサル、大学4年生の夏に通過倍率100倍の日系総合商社から内定をもらったとしましょう。その総合商社としては、1000人に1人の狭き門をくぐり抜けた就活生は喉から手が出るほど欲しいはずです。しかし、総合商社が内定を出すころまでには、外資コンサルはあの手この手を使ってAを自社に来てもらおうとします。内定直後の長期インターンや、社員面談などを通して、「まさかうち以外に行くことなんてないよね?」とプレッシャーをかけるわけです。Aとしても、説明会だけ参加した総合商社よりも、社風や事業内容をより深く理解できている外資コンサルの方に行こう、という気持ちになってもおかしくはないでしょう。その結果、総合商社はAに来てもらうのが難しい状況になります。

このような事例は、就活ルールが廃止される前から数多く見受けられ、また廃止後も続いていくだろうと予想されています。ただ、就活ルールが廃止されたことで、夏のインターンから内定直結型のルートを作るといった手法をあからさまに採用することに抵抗感がなくなってきており、この下では、日系企業が選考を早期化し、優秀な就活生が他に逃げないようにしようとするのもうなずけます。

反対する声

一方で、就活ルールの廃止に反対する声もあがっています。

その一つが、大学です。日本経済新聞が2020年に実施した、有力大学の学長を対象とする就活関係のアンケートでは、約7割が就活ルールの廃止に反対しているという結果が出ています。その理由としては、就活に早くから専念するあまり大学の勉強に集中できないことや、十分な自己分析や企業研究ができないまま社会人になってしまうのではないか、といったものが中心になっています。

大学以外にも、大企業による選考早期化について、頭をかかえている中小企業も多くあります。これまで、中小企業は日系大企業の選考が終わる7月から8月を中心に学生の採用を行ってきました。しかし、こうした大企業が就活スケジュールを早めることになれば、中小企業は採用スケジュールを立てにくくなります。「えっ、単に採用時期を早めたらいいんじゃないの?」と思われるかもしれませんが、話はそう簡単ではありません。仮にそうしたところで、「中小企業に早めに内定はもらったけど、本命の大企業から内定が出たので、そちらに行きます」という学生が増えるかもしれないからです。企業側は、学生一人を採用するには最低でも数百万円単位のお金がかかると言われています。収益が大企業に比べて少ない中小企業は、学生の採用にかけられるコストも限られており、内定辞退者が続出すれば企業の経営をひっ迫することにもなります。そのため、なかなか早期選考に踏み切れない一方で、これまで通りの採用方法では優秀な人材を集めにくいというジレンマに陥ることが予想されています。

学生にとっては朗報?

では、就活ルールの廃止は、就活を実際にしている学生にとっては良いことかどうか、就活の早期化がもたらしうるプラス面とマイナス面に分けて見ていきましょう。

プラス面

就活時期が早まることで、学生は企業研究や自己分析を早めに行うことができます。これは、「この会社では実際にどういった事業をやっているのか?」「自分の強みを活かせる職業は何か?」といった問いについて、学生生活の早い段階からアプローチすることで、社会の仕組みやトレンドをいち早く理解でき、また自分のやりたいことや向いている仕事が見つかりやすくなるということを意味しています。マイナビが、新大学4年生を対象に毎年実施している調査結果によると、在学中のインターンシップ参加率は、2022年卒(2022年4月1日から社会人になる大学生を指します)は85.3%と、就活ルールが撤廃される前の最後の世代である2018年卒に比べて20ポイント以上上昇しています。一方、卒業年度前年の就活解禁時(2022年卒の場合は2021年3月1日)に企業にエントリーした学生の割合は、2022年卒の場合は21.4%と、4年前に比べて20ポイント近く下がっています。これを踏まえて、同社は、就活解禁以降に行きたい企業を探すのではなく、インターンシップを通して自分がどこで働くのかを決めている学生の割合が高まっている、と分析しています。ある就活コンサルタントの話によると、大手企業から早期に内定をもらっている学生の多くは、大学1・2年生から企業の長期インターンに参加しているそうです。こうしたインターンに参加すれば、業務経験やスキルが身に付きやすいうえ、優秀な学生との情報交換を通して就活を有利に進めることもできます。

マイナス面

ただ、こうした傾向にはマイナスの側面もあります。

一つには、内定獲得を急ぐあまり、就活を早く終えることそのものが目的化してしまうことです。そうなると、就活で重要視されている「自分にとって好きなこと×自分が得意なこと×社会から需要のあること」という基準で企業を選ぶことができなくなる危険があります。日本の転職者数は年々増加していますが、転職先の企業で、必ずしも新卒で入った企業と同じだけの待遇を受けられるとは限りません。しかも、学生の立場で企業を受けるときとは違って、転職者の場合は何らかのスキルや実務経験が求められるケースがほとんどです。その結果、自分が最初に就職した企業とミスマッチがあった場合、本当に行きたい企業から採用してもらえず、キャリア設計に支障をきたすかもしれません。

別の観点として、海外に長期留学をしている学生が受けられる大手日系企業が限られてきてしまう、という問題点もあります。確かに、近年はオンラインでインターン経験を積む、ボストンキャリアフォーラム(海外の大学に留学・在籍している学生を対象に、企業説明会や選考をする就活コミュニティのようなものです)に参加する、といった具合で海外にいても就職活動をする手段は整えられてきています。しかし、就活の早期化によって、大学4年生の5月末に帰国してから日系大手企業を受け始めるという戦略を取った場合、自分が行きたい企業の採用枠がすでに埋まっている可能性が以前より高くなっていることは事実です。しかも、最終面接を本社で行うなど、日本にいないと実質内定が取れない企業もあるので、選択肢の幅はどうしても狭くなってしまいます。

参考
career ticket「就活事情はどうなる?就活ルール廃止のメリット・デメリット」2021年12月16日
exciteニュース「日本から中国への『頭脳流出』が止まらないワケ=中国メディア」2020年12月1日
KIP知日派国際人育成プログラム「2021年プロジェクト『コロナ禍における若者の不安』」2022年2月27日参照
PRESIDENT online「『日本から中国に頭脳が流出』これから日本人ノーベル賞学者は激減する恐れがある」2021年10月8日
PRESIDENT online「就活ルール廃止で"通年採用"に移行するか」2019年2月15日
みんなの採用部「インターンシップ動向を解説| 学生に響くコンテンツ設計とは?」2022年2月27日参照
共同通信「ノーベル賞候補が中国で研究日本の『頭脳』流出懸念」2021年9月3日
内閣府「日本の研究力(※)低下の主な経緯・構造的要因案①」2022年2月27日参照
日本経済新聞「新型コロナ: 就活早期化、大学の7割超が望まず 学業への影響懸念」2021年12月15日
日本経済新聞「経団連の就活ルール、なぜ廃止? 3つのポイント」2018年10月10日

ライターのコメント

コロナをきっかけに世の中の変化が加速したという指摘が多く見られますが、就活の早期化もそうしたトレンドの一環といえるでしょう。そうした時代を生き抜くにあたって、私は積極性が重要であると考えます。自分の五感をフル稼働させて、積極的に情報収集を重ね、自分なりに問いを持ち、他者と議論を通してあるべき自分・なりたい自分を常にアップデートしていく。こうした姿勢を持ち続けた人こそが、自分も社会も成長させていけるのではないでしょうか。人生100年時代、皆さんは就活を通してどのような人生を思い描きますか?