量子コンピュータ?ブラックホール?最前線の研究から学ぶ、科学研究の役割

2023年09月25日・教育 ・by おもち

日本の科学研究のいま

最近、「日本の研究力が落ちてきているぞ」 「大丈夫なのか?」 という言葉をあちこちで聞く機会があったかもしれません。実際に、2023年8月上旬には、注目を集めた科学研究論文数(=引用数の多い論文の数)が過去最低の13位と転落したと報道されました。これは、1位の中国の約15分の1で、韓国やイランよりも少ない値です。

こういった状況に対し、日本の科学の現状に関心を寄せる方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。今回は、物理学分野を取り上げ、最先端の大規模プロジェクトや、それらが果たす社会的役割、今後の発展のヒントについて探っていきます。

どんなプロジェクトが行われているの?

1. 大型低温重力波望遠鏡KAGRA

「KAGRA」は、岐阜県飛騨市にある神岡鉱山の地下の「重力波」望遠鏡です。従来の望遠鏡が「光(可視光)」や「赤外線」を利用して宇宙を観測するのとは異なり、KAGRAは「重力波」という特殊な波を使って宇宙を観測しようと、成功に向けて取り組んでいます。

重力波は、時空の歪みによって発されるという他の波とは異なる特徴を持っているので、これを観測することでとても重い恒星やブラックホールについて、これまで知り得なかったことを知ることができます。そのため、この分野の研究は大きな注目を集めており、アメリカの重力波観測装置LIGOが2017年にノーベル賞を勝ち取ったほどです。ノーベル賞受賞時は、LIGOは13光年離れた2個のブラックホールの衝突を捉えたことが評価されました。

一方で、重力波を検出するには、高い技術力や精度が求められます。 重力波の存在が1916年にアインシュタインによって提唱されてから、2015年のアメリカのLIGOによる初検出まで100年近く要したことからも納得できるのではないでしょうか。KAGRAは2010年に建設を開始してから10年以上、こういった高難度の目標に向き合い続けているのです。未だ観測には至っていませんが、大きな期待を背負っています。

海外の重力波観測に目を向けると、これまでに、先述のアメリカのLIGOに加えて、欧州のVirgoも検出に成功しています。複数の地点で観測に成功していますが、より精密な観測には、異なる位置での観測結果を突き合わせることが有効です。この観点からも極東に位置する日本の重力波観測の成功が急がれています。LIGO、Virgoと国際的なパートナーシップを保ちながら、新しい宇宙物理の扉を開こうとするKAGRAのこれからが楽しみですね。

2. カミオカンデ

岐阜県飛騨市にある神岡鉱山の地下1000mに位置する施設で、宇宙から飛んでくる素粒子を観測し、素粒子や素粒子の特徴を調べるための実験施設です。水をためた大きなタンクと、特殊な検出機を用意し、滅多に反応しない粒子(=ニュートリノなど)がタンク内の水と相互作用するところを観測します。カミオカンデほどの規模の施設は世界でも珍しく、ここで行われる研究によって新物理を発見し、ノーベル賞を受賞した例も複数あります。

2022年の小柴昌俊・東京大学名誉教授(当時)のノーベル賞受賞時は、超新星「SN 1987A」から放出されたニュートリノをカミオカンデで観測したこと、2015年の梶田隆章・東京大学宇宙線研究所所長のノーベル賞受賞時は、スーパーカミオカンデの観測結果からニュートリノ振動を発見しニュートリノに質量があることを見つけたことが評価されました。このように、素粒子について調べることで、この世界がどのような物質・法則で成り立っているのか、宇宙がどのように生まれたのかという謎に迫れると考えられています。

この実験の特徴として、施設自体の進化が挙げられます。以下に示す表のように、初代カミオカンデからスーパーカミオカンデ、そして現在建設中のハイパーカミオカンデへと、規模と精度がアップデートされています。

ちなみに、国内には他の素粒子実験施設も存在しています。カミオカンデの跡地につくられたカムランドや、295km離れた神岡町のスーパーカミオカンデに向けてニュートリノを発射するT2K実験等を行っている茨城県東海村のJPARKにある大強度陽子加速器施設、さらには素粒子を高速で衝突させビッグバンを再現する加速器・Super-KEKBなどがあります。日本が世界でも存在感を発揮してきた素粒子分野の未来は、これらの実験にも託されています。

3. 量子コンピュータ

一部、商用としての販売も始まった量子コンピュータ。大学や研究所でも、民間企業でも盛んに研究が行われ、大きな注目を集めています。

ところで、量子コンピュータの概念はなかなか想像が難しいですよね。量子、とは電子や光子のような非常に小さな単位です。量子は、私たちが高校で学ぶニュートン力学では説明しきれない特殊な振る舞いを示し、代わりに量子力学という独自の法則に従います。 量子力学では、「量子の物理状態が確定しない」という特徴があります。これは、量子が特定の状態にあるかどうか、具体的には、「量子が電極の左側にいるか」「振動方向が横か」といったことが、確率的に決定されるということを指します。つまり、YesでもNoでもなく、両方の可能性を持ち合わせた状態として、「重ね合わせ」で表されるのです。 量子コンピュータは、この「重ね合わせ」の特性によって、複数の計算を同時に行うことができます。そのため、従来のコンピュータより高速で問題を解いたり、難しい問題を扱うことができます

量子コンピュータの開発には、幅広い観点からの研究が必要です。量子力学や量子情報に関する理論的な研究に加えて、量子ビットを効果的に制御するための回路設計、ネットワーク、ソフトウェア、ハードウェアなど多岐にわたる分野での理論・実験研究が行われています。

このような研究を支援する取り組みとして、日本政府主導のムーンショット型研究開発制度が挙げられます。このプロジェクトは、日本発の破壊的イノベーションを創出し、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を行うことをコンセプトに設立されました。量子コンピュータ開発は、ムーンショット目標62050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」として採択され、資金リソース等のサポートを受けています。今後も、このような国の支援、さらには国内外の組織との協力を通じ、量子コンピュータが発展していくことを期待しています。

これらの研究が果たす社会的役割

ここまで研究プロジェクトを見て、科学研究には多くの財源や労力が費やされていることがわかりました。これらは、社会にどのような効果を与えることが期待されているでしょうか?

まず、①新たな知識の獲得が挙げられます。科学実験の最も基本的な目的は、自然法則や現象について理解を深めることですよね。こうして得た知識は、後々、インターネットや飛行機のような便利なものの発明に活かされる可能性があります。また、実験で新たな装置の精度向上などを求めることで、②技術の進歩も期待できます。

他にも、③知の拠点として人材を引き寄せる役割も果たします。国際的な科学者の交流が活発化し、さまざまな意見やアイデアが交わされることで、研究が促進されます。こういった作用によって研究が進展すると、世間の関心を集め、④次世代の教育や啓発の源となることも期待されます。

また、最近では国家間の覇権争いも激しくなる中、⑤経済の安全保障の側面も取り上げられることが増えてきました。自国で技術を持つことで、安全な生活に欠かせない製品供給を他国に依存せずに行うことができます。

このように、科学研究は社会のさまざまな観点から必要とされています。

問題点と解決策

一方で、日本の科学研究はいくつかの課題を抱えています。以下では、中でも「人材」「財源」の2つの切り口から問題点を考えてみましょう。

人材の確保 

科学研究の発展には研究者の存在が不可欠です。しかし、日本国内において、研究者のポスト(特に任期なしのもの)が限られており、待遇面でも民間企業や海外の研究所に比べて魅力に欠ける場合が多いことが課題です。こういった背景から、優秀な研究者が海外に流出するリスクが高まっています。さらに、日本の博士課程進学者数が主要国の中で唯一減少しており、将来の科学研究への潜在的な影響が懸念されています。

これらの課題に対し、内閣総理大臣や科学技術政策大臣のもとに開かれる総合科学技術・イノベーション会議(CSCI)は「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」として、若手研究者のポスト拡大と挑戦的研究費の提供や待遇の改善等の施策を行っています。他にも、各大学や民間企業などが独自に行っている取り組みも多く存在しています。また、前述のような国際協力プロジェクトや、日本貿易振興機構(JETRO)等が支援している高度外国人活用推進の取り組みなどで海外からの研究人材を集めていくことも日本の研究発展のための有効な手段かも知れません。

財源の確保

ここまでに紹介したプロジェクトのように、科学研究には多額の資金が必要です。 2020年の日本の研究開発費は1700億ドルと、アメリカの7200億ドル、中国の5800億ドルに次いで世界3位であるものの、研究者一人当たりにおいては19位とそれほど高い水準とは言えません。

近年では、文部科学省が「国際卓越研究大学」に選んだ数校を10兆円規模のファンドの運用益で支援する大学ファンド、アカデミア発のスタートアップ、クラウドファンディングなど新たな方法で資金を供給する例も見られます。しかし、特にスタートアップや民間企業との共同研究では、結果を得るまでに時間を要する・基礎研究は資金の獲得が難しいという意見も多く聞かれます。資金の公平な配分を確保し、将来の研究成果につながるような効果的な予算運用がますます求められています

参考

文部科学省「「科学技術指標2022」及び「NISTEP定点調査2021」の公表について」2022年8月9日
THE SANKEI NEWS「注目論文数、日本13位に転落 過去最低更新 イランに抜かれる」2023年8月8日
総合科学技術・イノベーション会議「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ2020年1月23日
日本貿易振興機構「高度外国人材活躍推進ポータル」2023年9月18日閲覧
KAGRA 大型低温重力波望遠鏡「KAGRAの現状」2023年9月18日閲覧
Science Portal「重力波望遠鏡「KAGRA」3年ぶりに観測再開 国際共同、実るか感度向上策」2023年5月25日
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 12「ノーベル物理学賞は重力波を検出した3氏に」2017年12月9日
スーパーカミオカンデ「梶田隆章先生ノーベル賞受賞内容」2023年9月18日閲覧
NIPPON.COM「高感度化したスーパーカミオカンデ:超新星爆発の謎に挑む 科学」2020年12月2日
三井金属「スーパーカミオカンデと神岡鉱山」2023年9月18日閲覧
ILC通信「ノーベル賞でたどる素粒子の発見物語:素粒子の質量の起源に関わるヒッグス粒子の理論的発見」2023年9月18日閲覧
Science Portal「素粒子の謎解明へハイパーカミオカンデ始動」2015年2月4日
ノーベル賞2020特設サイト「2022年のノーベル物理学賞に「量子もつれ」の研究者3人」2022年10月5日
ビジネス+IT「量子コンピューターとは何かをわかりやすく図解、何がすごい?仕組みは?従来と何が違う?」2022年11月8日
国立研究技術振興機構「ムーンショット型研究開発事業」2023年9月18日閲覧

ライターのコメント

“何か新しいことを知ろうとする”研究は、自分が行う時も、他人が行っている内容を知る時もワクワクします。 人材や財源などさまざまな課題が存在していますが、科学研究を社会全体で楽しめるような開けた風土を作っていくことで、即効性の高い研究も、挑戦的な研究も多くのファンを獲得し、現場も社会もWIN-WINな関係に近づくかも知れません。