イランでの大規模デモーヒジャブをめぐる背景や現状を詳しく解説

2022年11月11日・国際 ・by Newsdock編集部

現在、イランでは大規模なデモが全土に広がっています。その発端はイスラム圏の女性が被る「ヒジャブ」に関わる事件でした。一体何が起こっているのでしょうか。

ヒジャブとは

「ヒジャブ」はアラビア語で「覆うもの」という意味で、「ヘジャブ」「スカーフ」とも呼ばれています。ヒジャブは頭髪のみを隠すものですが、イスラム女性が顔を覆うものには他にも顔以外の全身を覆うチャドル、全身を隠し目元もベールで覆うブルカ、目だけを出すニカブなどがあります。

ではなぜイスラム教信者の女性は頭髪や全身を覆い隠すのでしょうか。イスラム教の聖典・コーランには次のような記載があります。

・「慎み深く目を下げて、陰部は大事に守っておき、外部に出ている部分は仕方がないが、その他の美しい所は人見せぬよう。胸には蔽いを被せるよう」(第24章31節)
・「これ、預言者、お前の妻たちにも、娘たちにも、また一般信徒の女たちにも、(人前に出るときは)必ず長衣で(頭から足まで)すっぽり体を包み込んで行くよう申しつけよ」(第33章59節)

コーラン自体にはどの部位をどのように隠すかについての指示はありませんが、髪の毛や顔が美しい部位だとの解釈により、ヒジャブ・ブルカ・チャドルなどが使用されています。一方で、「慎み深い格好をすることが求められているのだ」との解釈により髪や顔を出して生活するイスラム信者もいます。

イランで何が起こっているのか

ことの発端は、ヒジャブを正しく着用していないとして拘束された女性が急死したことでした。

9月13日、家族と旅行中だったマフサ・アミニさんがイランの風紀警察に「ヒジャブを正しく着用していない」として拘束されました。その3日後、マフサさんは病院に救急搬送され、亡くなりました。警察はアミニさんが亡くなった原因は心臓発作だと説明していますが、民衆は「取り調べ中に暴力を受けたからだ」として、ヒジャブ着用義務や政府の対応に抗議するデモを始めました。

この抗議デモは現在イラン全土に拡大し、今ではイランの最高指導者であるハメネイ師やイラン政府に対する反体制デモにも変容しているようです。また、多くの女性がヒジャブを脱ぎ捨てて抗議の意思を示す異例の事態となっています。政府はこのデモを鎮圧するため治安部隊を派遣していますが、死者が250人以上にのぼる大規模な衝突になっています。

なぜヒジャブ着用が義務なのか

イランは1979年の革命以降、イスラム教シーア派の教えに基づく政教一致の体制を敷いています。そのため、政府はコーランを厳格に守ることを求めており、ヒジャブ着用義務もその一環として行われています。違反になる明確な条件はありませんが、風紀警察に違反していると認定されると再教育施設に送られ、教えを守るよう指導されます。

なぜここまでデモが拡大したのか

一人の女性の死がイラン全土に広がるデモに発展した背景には、イランの経済状況があると考えられます。核をめぐってアメリカから制裁を受けており、さらにロシアによるウクライナ侵攻も重なって失業や物価高が人々に重くのしかかっているという現状があり、政府に対する不満がたまっていたのです。そこにイスラム政治の閉塞感・不自由さを象徴するような事件が起きたためにここまでデモが大きくなったと考えられます。

ヒジャブをめぐる問題は他国でも

ヒジャブをめぐる問題は多くの国で起こっています。その中で、フランスとインドの事例を見てみましょう。

フランスでの事例

1989年、パリの公立中学校にヒジャブを被ってきた3人の女子生徒が授業への出席を禁止されるという事案が発生しました。このことがフランス全土で論争を巻き起こすこととなりました。

学校にヒジャブを被ってくることは日本では問題になりませんが、フランスでは公共空間における宗教的中立が重視されています。公立学校も公共空間だと見なされているため、身につけるもので学校内で自らの信教を公表するのはけしからんという意見が根強くあるのです。一方で、この措置は内心の自由や文化的伝統を侵害しているという意見もあり、大きな論争を呼びました。

結局、2004年に学校での宗教的標章の着用を禁止する法律が制定されましたが、その後もさまざまなシチュエーションでヒジャブを着用していいのかに関する対立が生じることとなりました。

さらに、2011年には顔を覆うブルカやニカブを公共の場で着用することを禁ずる法律が制定されました。それに続き、オランダ、デンマーク、オーストリア、ブルガリア、スイスなどでも公共の場での顔を覆う服装が全面的または部分的に禁止されることになりました。

また近年、ヨーロッパでは、「ヒジャブは女性を抑圧する道具だ。女性解放のために着用を認めてはならない」という考え方が根強くあり、ヒジャブに対する抑圧が強まっているという状況にあります。

インドでの事例

今年1月、学校の教室内でのヒジャブ着用を求めて女子生徒がデモを起こし、それに同調した人々によりデモがインド各地に拡大しました。その後、教室内でのヒジャブ着用禁止が違憲かどうかについての裁判が最高裁で行われましたが、最高裁は着用禁止令を支持しました。

この判決の背景には、現政権(インド人民党)がヒンドゥー至上主義を掲げ、イスラム教徒への締め付けを強めていることがあります。インドは歴史的にヒンドゥー教とイスラム教の対立が激しい地域でもありますが、インド国内の信教の比率はヒンドゥー教が約80%、イスラム教が約14%とヒンドゥー教徒が多数を占めているため、イスラム教への風当たりが強いのです。

参考

BBC NEWS JAPAN「スカーフの着け方で……イラン道徳警察に逮捕された女性が死亡 女性たちが抗議」2022年9月19日
ヒューライツ大阪「特集 なぜスカーフ論争なのか」2016年5月
毎日新聞「着用反対だけじゃない ムスリム女性にとってへジャブとは?」2022年10月16日
NHK解説委員室「イラン 拡大する抗議デモ」2022年10月19日
CNN「Woman, 22, dies after falling into coma while in custody of Iran’s morality police」2022年9月17日
BBC NEWS「Hadis Najafi: Iran police fire on mourners for female protester – witnesses」2022年11月4日
現代ビジネス「フランス「スカーフ事件」から30年、いまだ分断が加速する理由」2019年9月18日
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部哲学研究室応用倫理・哲学論集「フランスの公立学校における「スカーフ」事件について」2022年10月30日閲覧
BBC NEWS JAPAN「公の場で顔を覆う服装を禁止、スイス国民投票で僅差可決 ブルカなど対象」2021年3月8日
CNN「学校でのベール禁止、州最高裁が支持 インド南部」2022年3月15日
外務省「インド基礎データ」2022年10月30日閲覧

ライターのコメント

日本人の私たちには宗教に対する意識があまり強くないと思います。しかし、旧統一教会の問題に関心が集まっている今こそ宗教とはどのようなものか、宗教に関してどのような問題が起きているのかを知ることは重要ではないでしょうか。また、社会に対して悪意ある行為をしない限りは、その宗教を信仰する人をありのままに受け止め、自分と違うからという理由だけで排斥するようなことがないようにする必要があるようにも思います。